第3話 幽霊事件捜査本部

 

 

 

 

「これより、『ヤーヌの森幽霊事件捜査本部』第一回会議を行う」

 

 と、マサオは宣言した。

 

 ダシュアンのクロス家別邸の、二階においてである。

 

 

 

「マサオ殿。お待ちください」

 

 集まった面々の中で、最年長の男が立ち上がった。

 半ば白いものの、残る髪は黒い。

 白い装束は、彼が神官であることを示していた。

 

 王都にあるエテルナ神殿で、神官を務める男だ。

 キュウト――あるいは、森本久太郎。

 

「モリモト捜査官。ここでは管理官と呼んでいただこう」

「では……クロス管理官。お言葉ですが、私は家族旅行でダシュアンに参りました。管理官のお宅へはご挨拶にうかがっただけで――」

 

 そこに、とんとん、と扉が鳴った。

 

「遅くなりました! あぁ、お父さん、来てたのね。ごめんなさい、一緒に移動するつもりだったのに」

 

 入ってきたのは、王后・マキタこと槇田桜子である。

 久太郎と、桜子。

 二人は実の父子だ。

 

 たしかに父子ではあるのだが、互いが親子として互いを認識したのは、わずか数年前のことである。

 

「桜子。用はもう済んだのかい?」

 

 キュウトは立ち上がり、笑顔で桜子を出迎えた。

 

「うん、もう大丈夫。ユージオはパヴァ様にお願いしてきたの。あとで抱っこしてあげて?」

「誘ってくれて嬉しいよ。家族旅行なんて、初めてだ。……あぁ、いや、あととは言わずにすぐ行こう。もうマサオ殿にご挨拶はさせてもらったのだから」

 

 キュウトは、厳格な印象の顔をすっかり緩ませている。

 神官になるために生まれてきたような真面目な男だが、娘には甘い。

 

「モリモト捜査官。会議の途中だ」

「マサオ……いや、クロス管理官。私は、家族旅行の途中です」

 

 ちらり、とマサオは桜子を見る。

 桜子は「任せて」と口だけを動かして、うなずいた。

 

「お父さん、ごめんなさい! ちょっと困ったことがあって、マサオさんに相談してたの。それで、できればお父さんにも協力してほしいなって……」

 

 ぱん、と顔の前で桜子は手をあわせた。

 ニホン的な作法だろうか。 

 

「なにがあったんだい?」

「マサオさんが今説明してくれることになってるの。聞いてもらっていい? カントについたらゆっくりできるように、早く問題を解決できたら……って思ったんだ」

 

 キュウトは、愛する娘をじっと見た。

 

 そうして、

「よし、わかった」

 と真剣な表情で言った。

 

「そういうことなら、喜んで協力するよ。かわいい娘のためだ。私にできることならば、なんでもする」

「ありがとう! お父さん! 早く解決して、温泉に行きましょうね。すごく日本人の心をくすぐるところよ。きっとお父さんも気に入ると思う」

「楽しみにしているよ」

 

 笑顔でキュウトは桜子に椅子をすすめ、自分もその横に座った。

 

 横にいたヴィゴが、

「釣れましたね」

 と小声で言った。

 

 うむ、とマサオは作戦の成功に満足してうなずいた。 

 

 

「では、仕切り直しだ。会議をはじめるとしよう」

 

 そこに、サッと洗練された動きで手が挙げられた。

 

「お待ちください、マサオ殿」

 

 立ち上がったのは、ウルラドだ。

 

「管理官だ、ソアル捜査官」

「クロス管理官、ここは、サクラ様への忠誠こそが試される時。私も是非、キュウト様のように――」

 

 ウルラドの言葉に、キュウトは「モリモト捜査官と呼んでもらおう」と言い出した。思いがけず乗り気なようだ。

 

「モリモト捜査官のように、サクラ様からの熱い激励をいただきたい」

 

 実に凛々しく言ったウルラドが、サッと手布で鼻をおさえる。

 その場にいた、マサオも、キュウトも、ヴィゴも、なんともいえない表情になった。

 

「忠誠に証を求めるのは、いかがなものかと存ずるが、ソワル捜査官」

 

 キュウトも立ち上がる。

 

「証を求めるつもりはございません。ですが、私とて人の子。目の前で同じ捜査官が激励を受けておれば、我もと望むこととてございましょう」

「私は父親だ」

「存じております」

「ウルラド殿は、御子にも恵まれ、仲睦まじい奥方様までおられますものを」

「むろん、妻への愛は私の中で決して揺らぐものではありません。サクラ様への愛は……そう『アイドル』。セオ殿にうかがいました、アイドルへの愛、というものでございますれば。サクラ様は、私の『最推し』なのです」

 

 ウルラドのコメントに、キュウトと桜子はそれぞれに「余計なことを……」「変な言葉ばっかり教えて!」とニホンにいる男への苦情を口にした。

 

 マサオは、桜子にまた目で合図を送る。

 再び桜子は「任せて」と口だけを動かした。

 

「お父さん、ウルラド、ヴィゴ、マサオさん」

 

 桜子は立ち上がり、一人一人の目を見て呼んだ。

 

「幽霊騒ぎが、国のためにならないのはもちろんだけど――私は、ミーファ様のご遺族とは何度もお話しさせてもらってる。この事件を解決することは、ミーファ様のため……というよりも、ご両親のために必要なことだと思っているの。悲しいお別れをしたからこそ、あちらでは安らかでいると信じさせてさしあげたい。もし、ニホンで私の幽霊がでたりしたら、母はとても嘆くと思うから。……力を貸してください。お願いします」

 

 最後に桜子は頭を下げた。

 

 ウルラドは、桜子が顔をあげるなり、彼女の前にひざまずいた。 

 

「御心のままに。我が女神」

「あいがとう。頼りにしてる」

 

 ウルラドは恭しく、鼻血をおさえていない方の手で、桜子の手の甲に接吻を贈った。

 

 

 

 

 釣果は上々である。

 

 士気も高い。

 人手不足は解消した。

 

「では、始めるぞ」

 

 マサオは一同に宣言した。

 

「ここまでわかっている情報を共有しておこう。――まず、把握できている限りでの第一目撃談。これが三カ月前になる。ノード家の舞踏会の招待客の一人が、会場に駆けこんで『ヤーヌの森で血まみれの女の幽霊を見た!』と叫んだ――そうだ。正確には御者が第一発見者だな。御者は最初、怪我人だと思って馬車を止めようとしたそうだ。ところが、舞踏会に遅れそうな招待客は、急げと言って窓を開ける。するとそこに血まみれの女がいて、招待客が悲鳴を上げるより先にスッと闇に消えたそうだ。この招待客と御者には私が直接会って話を聞いてきた。第一目撃者が出た時点では、まだ特定の人物は連想していない。……ソワル捜査官、王都ではどうだった?」

 

 は、と返事をしてウルラドが立ち上がる。

 

「王都では、約一ヶ月ほど前に噂が届いていたようです。この段階で特徴は『ヤーヌの森で』『血まみれの若い女が』『血まみれの赤子を抱いて』『もの言いたげに立っていた』という形で――つまり『ミーファ王妃の幽霊』として伝わっております。義母に依頼して、ダシュアンの知人とやりとりしたご婦人の手紙などを見せていただきましたが、どれもおおよそ同じ内容です」

「ご苦労。――最初の目撃情報から、ダシュアンの外に噂が漏れ出るまでの間に『女の幽霊』は『ミーファ王妃の幽霊』として完成されたもの、と私は見ている」

 

 ウルラドは席につき「私もそう思います」と同意した。

 他の面々も一つうなずく。

 

「我々は、なにをもってその幽霊をミーファ王妃だ、と認識するか。そこを考えてみたい。『血まみれの若い女の幽霊』はいかにして『ミーファ王妃』になったのか、だ」

 

 桜子は眉を八の字にして、マサオに「ヴィゴには、席を外してもらったほうがいいと思います」と言った。

 

「子供には、聞かせたくない話だもの」

「構わん。よほど露骨な言葉を使わない限り、齟齬の起きぬよう情報は与えている」

「でも……」

「そうだな? クロス研修生」

 

 マサオが確認すると、ヴィゴは「はい」と返事をした。

 

「ミーファ王妃は、本来ならば夫とのみ行うべき神聖な儀式を、夫以外の方となされた、と聞いております。そうしたことを『不義』と呼ぶとも」

 

 桜子は複雑な顔をした。

 子を持つ母親として、渋るのも無理はない。

 それに、ニホンという国で生まれ育った桜子は、こと教育に関してはうるさいところがある。

 

 だが、マサオにとっても、これは教育だ。

 刀に触れさせないことが、必ずしも子を守るということにはならない。

 ヴィゴは、知をもって王国に仕えるクロス家の男子なのだから。

 

「サクラ。続けても構わないか?」

「わかった。でも、どうしても無理だと思ったら、止めさせてもらうから」

「それで構わない。いいな? クロス研修生」

 

 はい、とヴィゴは素直にうなずいた。

 

「では――確認したい。各々、その幽霊をミーファ王妃たらしめたものはなんだと思う?」

 

 ヴィゴが手をあげた。

 

「クロス研修生」

「やはり、赤子の存在ではないでしょうか?」

「いい読みだ。たしかに、赤子を抱いていることは、ミーファ王妃の幽霊らしいふるまいだと思う。言うなれば、私の亡霊が工房に現れるようなものだな」

 

 ウルラドが手をあげる。

 

「ソワル捜査官」

「クロス研修生に同意します。『血まみれの女』と『血まみれの赤子を抱いた女』ではずいぶんと印象が違う。ミーファ王妃は社交の場にも顔を出されない方でしたので、人柄についての印象は人々の心にあまり残っていないように思います。私も成婚の祝賀会でお見かけしたきりでございますから。顔の広い義母でさえお話しをしたこともないそうです。すると王妃の情報は、ハラート王子とのなれそめと、不義の子を宿したことと――赤子と共に死んだこと、に限られてしまう。赤子という記号が担うものは大きい」

「その通りだ。王妃に関する情報はごく少ない。それゆえにその死の様だけが強く印象に残る」

 

 マサオは、その場で立ち上がった。

 

「ここで確認しておきたい。ミーファ王妃が赤子と共に死んだことは事実――いや、ハラート王子をのぞいて、棺の中を見た者もいない以上、確定しているのはミーファ王妃の死のみだ。他のことはまったく明らかになっていない。これは明確に区別すべき事柄だ。ぜひ、捜査官一同で共有させてくれ。王妃の死因。赤子の生死。死を齎したもの。犯人。遺体の状況。そして、王妃の心のうち。そのどれもが事実とは限らないのだ」

 

 一同はうなずいた。

 キュウトが手をあげる。

 

「ご意見をうかがいたい。モリモト捜査官」

「私は、当時のことを存じませんので、すべてが済んだのちに噂として耳にした程度です。ですから、ここで一度当時――つまり、ミーファ王妃が実際に亡くなられたころのことを確認しておきたいので、ご協力いただきたい。実は、エテルナ神殿でも通常の線香に加えて、ミーファ様のためにと線香を余分に買い求める方が増えました。エテルナ様は恋人たちの逢瀬を見守られるお方ですから……王都の人たちの気持ちとしては、王妃と、赤子の父親の恋が彼岸――あぁ、いや、こちらで言うと冥府で成就することを願っているのかもしれません。ブラキオ殿は、ごく最近のことだとおっしゃっていました。数年前の事件当時は、王妃への同情の声はほとんど聞こえなかったと」

 

 ブラキオ、というのはエテルナ神殿の神官長の名だ。

 キュウトと違って、この騒動がはじまるより遥か以前からエテルナ神殿を守っている。彼が「最近だ」というならばそうなのだろう。

 

「それは、幽霊騒ぎのあとから――と判断してもよろしいか? モリモト捜査官」

「ごく最近です。クロス管理官の報告通り、最初の目撃情報が三カ月前で、王都に広がったのが一カ月ほど前だとすれば、騒ぎの後だと言えましょう。少なくとも私が王都を出発する数日、いや、十日ほど前には、もう。……なんにせよ、一カ月よりも短い期間であることは間違いありません」

「貴重な情報に感謝する。――モリモト捜査官の確認したいこととは、こういうことだな? 幽霊騒ぎ以前にミーファ王妃を同情する声はあったのか? と」

 

 キュウトは大きくうなずいて「その通りです」と言った。

 

「一般の貴族の方と違い、王族の婚姻には特殊な条件があることは皆さまもご存知のことと思います。王家に嫁しながら、不義の子を宿したとして……そう大きな同情が得られるとは思えない。王都の人々の王家への敬愛は深いものがある。同情があったとしても、王家への遠慮から大きな声でそれを口にする者はいなかったのではないかと推測します。そのあたり、私は神官である以前に朴念仁ですから、機微にはうといのですが」

 

 マサオは、

 ――ミーファには当時婚約者がいたにも関わらず、さらわれるようにハラート王子の妻にされたこと。

 ――異民族の侵攻が近いとわかり、ハラート王子が強引にミーファをダシュアンに避難させたこと。

 ――ハラート王子は軍で問題を起こし、当時閑職につけられていたこと。

 ――包囲戦で無謀な突撃をして、兵を無駄死にさせたこと。

 を簡単に説明した。

 

「我らがコヴァド派……まぁ、シュルムトを王にしたいと望んでいたことを差し引いても、ハラート王子の素行は、褒められたものではなかった。王都民の間でも、そう評判はよくなかったはずだ。どちらかといえば、ミーファ王妃はハラート王子に振り回されたという印象が強かったように思う。成婚時十六歳だ。王子が外にだすことを嫌ったのもあり、社交の場にもでてこない。それに、若すぎる。人柄についての情報もなかった。王妃の不義は大罪だが、夫が夫だけに、強い非難の声は聞こえなかった――というのが私の調べによる、当時の印象だ。サクラ、君は当時は街中で暮らしていたのだ。そのあたりは間違いないな?」

 

 桜子は「申し訳ないけど、そういう雰囲気だった」と答えた。

 

「ここにいる人たちになら言っても大丈夫だと思うから言うけど、王妃に同情する声はたしかにあったと思う。でも、ハラート王子……っていうか、アガト公に遠慮があって、あんまり大きな声で言っている人はいなかった」 

 

 なるほど、とキュウトは首を縦に二度ふった。

 アガト公は、ハラートの父親だ。

 病弱だった前国王にかわって、政治の実権をにぎっていたのがアガト公。つまり、ハラート自身に人望がなかろうと、父親には強い権力があった。

 ミーファへ強い同情を示すことに遠慮があったとすれば、ハラート王子よりもアガト公に対して、というのが正確な表現だろう。

 

「ご協力感謝します、クロス管理官」

 

 キュウトは礼を述べたあと、考え込むように手を顎のあたりにあてた。

 

「実に有意義な会議だ。――さて、今の話を踏まえて諸君に考えてもらいたい。『ミーファ王妃』の目的は、一体なんだ?」

 

 一同も、キュウトと同じように考えこんでいる。

 そこにマサオが言葉を重ねた。

 

「冥府の亡者はこの世に戻ることはない。だが、この『幽霊』は現れた。現れたからには目的がある。それはなにか? なんのために亡者はこの世に現れたのか? 物言わぬ幽霊の声は、起きた事実の中からしか探れん」

 

 桜子が手をあげた。

 

「どうぞ。マキタ特別捜査官」

「マサ……クロス管理官が言ってるのって、幽霊出現から、今までの間に起きた変化が、幽霊の目的じゃないか……って考えてるってことですよね?」

 

「その通りだ。――ソワル捜査官。まとめてくれ」

 

 は、と返事をして、ウルラドは立ち上がった。

 

「一つ。そもそも『女の幽霊』が『ミーファ王妃の幽霊』に変化したこと。また一つ。女も赤子も血まみれの姿であったことから、他殺――それも斬殺されたことを連想させたこと。さらに一つ。存在そのものと、もの言いたげな様子であったことから、深い怨みを示唆したこと。これらのことから、ミーファ王妃……いや、幽霊騒ぎの首謀者は、ミーファ王妃が夫に殺され、怨みを抱いている――ことを人々に知らせたかったのではないか、と推測します。ただ、特定の人物になにかを伝えようとしたものか、世論の誘導だけが目的なのかまでは突き止められておりません」

 

 ご苦労、とマサオは言って、ウルラドが着席した。

 

「幽霊はこう言っているわけだ。――『私は、子供ともどもハラート王子に殺害され、無念だ』と」

 

 会議室の中に、ある種の緊張が走る。

 マサオは、自分の席から離れ、会議室の中をゆっくりと歩きだした。

 

「さて、ここで問題がある。さきほどモリモト捜査官から実によい質問があったので、説明は省くが――たださまよいでただけでは、なかなかに幽霊といえど同情は得られない。なぜか? わかるかな? マキタ特別捜査官」

 

 桜子は、質問に答えようとした。

 しかし少し迷ったあと、横にいるキュウトに「――――」とマサオには聴きとることのできない言葉で話しはじめた。

 おそらくは、ニホン語だろう。

 複雑な会話になると、桜子にとっては王国の言葉の師匠であるキュウトを頼ることがある。

 

 桜子にかわって、キュウトが答える。

 

「ミーファ王妃が宿していたのが不義の子だったからです。いかに継承権争いに敗れたとはいえ、ハラート王子の父君は健在。『子供ともども殺され、怨んでいる』と幽霊が主張したところで、そう深い同情は勝ち取れない。まして王都の人々が鎮魂を願うだけの影響力はないでしょう。――不義が事実でないのならばともかく」

 

 ありがとう、お父さん、と桜子が礼を言った。

 キュウトは笑顔で桜子にうなずいてみせる。

 

 マサオは「その通りだ」と二人に言った。

 ウロウロと歩く足を早め、マサオは続ける。

 

「今、幽霊騒動が生み出した空気は、まさしくそれだ。あたかも不義が事実でなく、罪なくして母子が無残にも殺された――そんな話になっている。おかしいとは思わないか? 不義は事実だ。シュルムトの抱える細作は優秀で、報告に間違いがあるとは思えん。私はこの歪さが、今回の事件の一番面白いところだと思う」

 

 面白い、はないですよ、と桜子は眉を顰めた。夫婦そろって同じことを言っている。

 構わずマサオは続けた。

 

「では、ヴィゴ捜査官。報告を頼む」

 

 はい、と元気よくヴィゴが立ち上がった。

 

「私がダシュアンで、幽霊の目撃情報を集めて参りました。特に注意を払ったのは――赤子の髪の色です」

 

 髪? と桜子が不思議そうな顔をする。

 聞き違いか、と思ったようで、キュウトに確認していた。キュウトは「たしかに髪の色、と言ったよ」と答える。

 

「不義の相手の男の名はイオ。西方から来た若者だ。庭師で、あちこちの貴族の邸にも出入りしている。彼のことを話す時、人は『ウルラド様のような髪』と表現していた。鮮やかな赤い髪の青年だったそうだ。どこに出入りするにも目立っていたことだろう。ハラート王子の髪は栗色。ミーファ王妃は黄金色。それを踏まえて報告を聞いてくれ」

 

 ヴィゴが手元の紙を見ながら、報告をはじめる。

「最初期の女の幽霊単体では、赤子の存在自体がありません。おおよそ十日程度後に、初めて『金色の髪の赤子』が出現します。その後は金色、栗色、黄金色、と証言にバラつきがでます。なにぶん夜のことですからいたしかたありません。ただ、捜査初日にウルラド捜査官の協力を得て、夜間の外灯の光で最低限見分けられる色については実験済みです。ウルラド捜査官の赤は、どの時間帯でも判別が可能です。つまり……夜間でも『赤か赤ではないか』は確実に見分けられます。そして、目撃情報には一度として『赤毛の赤子』は出てきておりません」

 

 そういうことだったのね、と言って桜子が深い息を吐いた。

「髪が赤くないなら、確実なことは言えないものね。そこで幽霊として現れたなら……無実なのに殺されたって感じるのもわかる気がする」

 

 マサオはもとの場所に戻って、机に両手をついた。

 

「この王国で最も有名な赤毛と言えば、ウルラド捜査官のそれだろう。彼は四代を重ねてもなお、これほど鮮やかな色を身に留めている。彼の父親も同様だ。最近になって産まれた彼の赤子も鮮やかな赤い髪であることは知られている。少なくとも、王国の人々ならば赤い髪色が高い確率で強く遺伝することを自然なものとして受け入れているはずだ。しかし、幽霊の赤子の髪は赤くはなかった。実際の赤子の髪を見ている者は、ごく少ない。産婆と侍女。どちらも行方が知れない。棺を運んだ者たちは、空いた部屋に運ばされ、その場で帰されている。事実を知っていて、かつ確実に現在生存している人物は、ハラート王子だけ……ということになるな」

 

 桜子は、難しい顔で首を横に振った。

 

「さすがに、ご本人にお尋ねするわけにはいかない」

「誰も知らぬはずの赤子の髪色は、幽霊として出現したことで、あたかも事実であるかのように受け入れられた。髪が赤くはないということは、ミーファ王妃の死亡時、見た目で父親を判断できる要素はなかったのではないか? にもかかわらず王妃がこうしてさまよい出てくるからには、冤罪だった可能性もあったのではないか? ――と人々は思ったのだろう。幽霊の目的が己の無実を訴えることだとすれば、目的は達せられたことになる」

 

 桜子は「そうね」とうなずいた。

「あのね、さっきから気になってるんだけど……その、イオという人はどうしているの?」

 

 ウルラドが「行方が知れません」と答えた。

「行方不明……と言っても、おおよその人は、遺体が見つからない、という意味だと理解しているようですが。ミーファ王妃と共に殺されたものと思われます」

 

 マサオは、

「ミーファ王妃とイオが恋仲だったことは、すでに知られている。それでも愛のない夫との子を産んだものを、ハラート王子は不義と決めつけ妻子を斬り殺した……という話になるな。これでは同情も集まるわけだ。冥府で幸せに、と若い恋人たちを悼む人がいるのも無理はない」

 と言って、椅子に腰を下ろした。

 

 一同は、これまでの情報を整理するように、しばし黙った。

 

 ウルラドが、付け足すように言葉を添える。

「管理官の、ヤーヌの森での張り込みは十日に及びましたが、一度も幽霊は姿を現しておりません。これが、目的を達したから姿を消したのか、あるいは――正確な情報を持ったコヴァド派のクロス伯爵の前には現れにくかったのかは判断しかねます。その後も人を使って張り込みは続けておりますが、姿を見たものもなく、目撃情報も一件たりともありません」

 

「さて、ここからだ、諸君」

 

 座ったばかりのマサオは、またすぐに立ち上がった。

 

「我々の目的は、幽霊退治だ。二度とこのようなことは起こしてはいかん。同情もあろう。胸も痛もう。しかし、幽霊騒ぎは世を乱すもとだ。亡者が冥府で安らげるよう、断固として幽霊は消す。――よろしいな?」

 

 一同は、ほぼ同時にうなずいた。

 

 桜子が「でも、どうやって? もう幽霊は出てこないんでしょう?」と問う。

 

「なに、簡単に釣れるさ。幽霊の目的はわかっているのだ。――では、作戦開始といこう。釣りにエサは欠かせない。段取りはこうだ。まず――」

 

 斯くして。

 

 管理官マサオによって、幽霊殲滅作戦の詳細が伝えられたのであった。

 

 

 

 

 

・ 

 

 

 

 

 

 お待ちしておりました。

 

 床の上で、申し訳ございません。

 

 身体がいうことを聞かず、こうして身体を起こすので精いっぱい。

 これまでのように、着飾り、お出迎えすることはできませぬ。

 ご容赦くださいませ。

 

 

 その血は……

 

 その血は、イオのものですか?

 赤い髪をした、男の血でございますか?

 

 あぁ、どうか、その剣で私の胸を貫いてくださいませ。

 

 冥府で共にと約束をいたしました。

 

 

 

 ……なぜ?

 

 なぜ、とお尋ねになるのですか?

 

 聞いたところで、なんの意味がありましょう。

 

 

 申し開きをするつもりはございません。

 

 人が噂をする通りでございます。

 月足らずで生まれたわけではございません。

 

 この子は……私とイオの子でございます。 

 

 ソント。

 

 と、名づけました。

 

 

 

 鳥の名です。

 

 自由にはばたく鳥のように、この子の魂は自由です。

 

 

 私たちの魂も、また。

 

 

 冥府に参りましたら、私たちは夫婦になります。

 そうして、この子を大切に、大切に育てるのです。

 

 どうぞ。

 さぁ。

 

 私の胸を貫いて。

 

 

 

 逃げる?

 ……どこへ?

 

 なにをおっしゃるのです。

 

 どこにも参りませぬ。

 

 私は、冥府へ――

 イオが待っているのです。

 

 

 いや。

 よして。――いやです。いや。

 

 殺して。殺してくださいませ。

 

 私を自由にして。

 

 イオ。

 

 イオ。助けて。

 

 

 私を――

 この子と一緒に――

 

 貴方のもとへ――

 

 

 

 

 

 

 

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